2007年02月01日

無知の恥(誤字にあらず)

ソクラテスの『無知の知』について書こうと思っていたのだが、
それにあたって色々調べる内に、自分は『無知の知』の真理を微塵も理解していない事に気付いてしまった。

まさに『無知の恥』である。
『知』ではない。『恥』である。

実に恥ずかしい。
分かっていた気で全然分かってなかった自分に気付くのは、どうしてこんなに恥ずかしいのだろう…。

でも、恥ずかしがっていたところで、知識が向こうから歩いてきてくれる訳では無い。
ので、とりあえずプラトンを読み直すことから始めます。

頭パンクしたりして…。





☆今日の言の葉☆

でも、やっぱり矛盾してる気がする…。
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2007年01月31日

30歳で何をする?

今月は結局ずーっと落ちてたね。
面白いぐらい落ちてた。
ここ数年で一番ぐらいの短期間急降下だった。

が。逆に考えると、これ以上に落ちる事ってそうそう無い筈だ。
ってか、あってたまるか。

とは言っても実際は、この先も穴に嵌ったり、迷子になったり、崖から転落したりってあるんだと思う。
今までだって『更に下があったのね…』って経験は多少ならずしてるしね。

だけど、その度に絶対得てるものはある筈。
「前回だって這い上がったんだから、今回だって!」っていう気力に繋がってる筈。

だからね、とりあえず「次に行こう!次っ!!」って事にしました。
ズタボロだったモチベーション復活させてね。

とりあえず今回の反省の結論として、「目標は(過剰程度に)高く。」を掲げてみる事にしました。
私がいつも直ぐにダメになる(ダメだと思い込む)要因は、目的意識が薄いからだ。
ハッキリした目的が無いと動けない人間なのに。ホントは。


『山があるから山に登る』じゃなくて、
『山の上で○○したいから山に登る。』
ね。

って事で、とりあえず第一の大きな目標決めました。

『30歳になるまでに○○○に………するっ!!!』

って、伏字かよっ!!
伏字です。ちょっと色々バレルから、ココではあえて。
はっきり言って、かなぁり「そんな大口叩いちゃう?」な内容なんですけどね。

とりあえず、使ってる手帳のメモ欄に大きく書いてみました。
チョット恥ずかしい気もしますが、目標は高く、ね。

リミットはあと、5年と少し。
そんんだけあれば、できる事は沢山ある。
頑張れ、自分!





☆今日の言の葉☆

まず手始めに、○○だっ!!!
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2007年01月30日

噛み合う、嵌る、一致する。

どちらかと言うと、いや、どちらかと言わなくても明らかに、
私は腰が上がるまで非常に時間の掛かるタイプです。

一寸でも引っ掛かりを感じると『う〜ん…、なんか違う気がする…』と、答えの無い自己問答を繰り返して、結局動かない。
もともと面倒くさがりだから、「『違和感』を言い訳にしてるだけでは?」って言われちゃうと、悲しいかな否定できないんですよね。


でもね、でも、私思うんだけど、
そうやって『なんか違う?』ってモヤモヤを感じる事って、
その後実際に動き始めても、結果的に『あ、やっぱ違うな』で終わってしまうケースの方が多いと思うんですよ。
勿論、その中から学ぶ事とか、得る事は沢山あるけども。

逆に、『コレだー!!』って思う事って、自分でも吃驚の行動力を持って、
普段ではありえないスピードで物事が進んでいくと思うんですよね。


回り始めた人生を歯車に例えた先人は、本当に天才だと思う。
それ以上に素晴らしい表現、脳みそ絞っても出てこないです。





☆今日の言の葉☆

カチってきたっ!
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2007年01月13日

挫け中につき、どうでもいい話。

ちょっと、マジでまいった…。かなり挫け中です。
いや、本気でマイッタ。

こう言う時は、何を書いても痛くなるので、敢えて全然関係ない話でも一つ。


どうでもいい話。

今から2年ほど前に発売された、邦楽のある曲のPVにですね、
知り合いソックリの人が出てるんですよ。

登場シーンは合わせて30秒になるかならないかぐらいで、
一番表情が分かりやすいのが、斜め煽りのアップ手前ってところ。
PVの前半1/3のある意味主人公的な役回り。

もう、見れば見るほど、その人に見えて仕方ない。

普通だったら「あ〜ソックリな人がいるなぁ」で終わるトコなんですが、
それでオシマイにするには引っ掛かり過ぎる位に似すぎてるんですよ。

そんなに気になるんだったら、本人に聞いてみればいいじゃん、って話なんですが、
その人、普段は連絡とらない人なんです。
ほら、いません?電話番号もメアドも知ってるけど、連絡とる程ではないって感じの。
知り合い以上、友達未満とでも言うような。そんな人なんですよね。

そんな人に突然、「○○のPVに出てませんか?」って、なんか変じゃないです?
そういう関係のお仕事してるならまだしも、職業・学生(当時)だし…(出たい若手俳優さんは沢山いるはず)。

せめて、絶対本人っていう確信があれば違うんですけどね。
特徴が一緒、とか。
その知り合いには、向かって右側の頬っぺたに小さく傷の跡(?)みたいのがあるんですけども、
件のPVでは図ったように向かって左から撮った絵しか出てこなくて、
それも確認できないんですよ。


あー、でも似すぎだよ。
ホンマに気になるんやけど…。
もし本人なら、何があってそういう経緯に至ったか教えて欲しいもん。

う〜ん。聞いてみようかなぁ…。
でも、チョット微妙だよなぁ。
う〜む。





☆今日の言の葉☆

双子じゃない筈だしね
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2007年01月10日

それは最早、愛の言葉。

同じ事なら、10回「すいません」と言われるより、1回でいいから飛び切りの「ありがとう」を貰ったほうがグッとくるな。

「ありがとう」と「ごめんなさい」ってね、すごい言葉だよね。
ストレート。直球だから、心へのくい込み方もハンパない。
使い方いかんで、究極の決め球になるよ。


変な話だけど、顔見知りじゃない人に躊躇いなく「ありがとう」って言える人はモテると思うな。
知らない人に親切にされた時、ついつい「すいません」って言っちゃう人、少なくないもん。想像以上に。
そんな中にあって、「ありがとう」がスルっと出てくる人は良い意味でインパクト大だ。
言われる側としても、「すいません」よりずっと嬉しいしね。


「ありがとう」と「ごめんなさい」は、ある意味「好き」に匹敵すると思う。
特に、「ありがとう」。
「ありがとう」のパワーは、下手したら「愛してる」にすら対抗できるんじゃないかと思う。
場合にもよるけど、それぐらい強い言葉じゃないかな?


「ありがとう」はね、もはや愛の言葉なんだよ。
何度言っても減る事はない。むしろ膨らんでいくマジックワード。


さて、今日は何人に「ありがとう」を言いました?





☆今日の事の葉☆

感謝できる人は、自分を見返る余裕がある人。
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2007年01月09日

思うに、ちょっと浮いてた。

年明けてから、2日に1回ペースになってる事になんも理由は無いのですが、
こう飛び飛びだと言い訳したくなっちゃうな。
うん、言い訳もなんも、調子がイマイチってだけの話なんやけどね。

グダグダな導入部、終わり。


随分前にも一度書いた事がある気がするけど、正直生まれ故郷が得意ではないのですよ。
なに?土地柄と自分の性格の間に大きな不一致を見せていると言いますかね。
色んな意味で、ちょっと浮いてた。ふわふわと。

もちろん、その土地で出会った友人は一生モノの宝物だし、
そこで経験した事や、出会った人が今の私のベースになってるんだけどね。

でも、なんて言うのかな??
自分本来の性格が必死になりを潜めてた感じだったな、って。
毎日、何かを変に我慢してた。何故だか。
今から思えば、なんだけど。

元々プライドが高いのが欠点な性格なのに、
あの頃は自尊心の山に更に積雪1mみたいな状態が常だったしね。
それが余計に、本来の自分を押さえ込んでた。


何で我慢してたんだろうねぇ。
どうしてもう少し楽に呼吸ができなかったんだろう?

と。今ならそんな風に思えるけど。
それは今、別の土地に居るからこそ思える話であって、
きっと、18歳の時のままあの場所に居たならば、多分、私は未だに押さえ込んでただろうな。
何か違う、何か違うと思いながら。


魯迅の『故郷』は子どもの頃読んでも意味が分からなかったけど、
今なら名作と言われる所以が、痛いほど分かるよ。

なんかね、そんな感じ。
私の故郷。





☆今日の言の葉☆

遠くて近くて、近くて遠いトコ
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2007年01月05日

『恥ずかしい』のは何故でしょう?

その昔、多分中学生の頃だったと思うから、10年は前だと思うんだけど、
テレビだったか何だったかで、とあるアンケート結果の報告をしていた。

内容はね、確か『アナタが恥ずかしいと思うのはどんな時ですか?』

各国の成人が調査対象で、もしかしたら上の質問は数ある設問の中の一つかもしれないんだけど、
その答えがとても興味深くて、結構経った今でも未だに印象に残ってる。


『アナタが恥ずかしいと思うのはどんな時ですか?』

どうですか?どんな時ですか?

これね、この答え。
実はその時の結果では、見事に日本人だけ他国の人と見解が違っていた。

日本以外の各国で多数派だった回答
『自分の行いが、誤っていたことを悟った時。』

日本で多数派だった回答
『誤った事をしたのを、知ってる人に見られた時。』


分かりますでしょうか?この違い。
似てるようで、天と地ほどの差がある、この違い。

その時、その話題を取り上げていたキャスターさんが、
「この答え出る事が、日本人として恥ずかしいですね。」
と仰っていたのだけど、いや、ホントに。

まったくです。

そこに内省は無いのか!?
ってか、人に見られんかったらいいんか!?
しかも『知ってる人』って…。どんだけレベル低いねん…。

これがね、まだ未成年を対象にしたアンケートだったら分からなくもない。
自分の過ちに気付くには、まだ早いと思うから。
だけどね、成人を対象にしたアンケートですよ?
どんだけコドモ大人だらけやねん!!っちゅー話ですよ。


と、言いたい放題してる私ですが、正直人のこと言えない。
最近、あまり良くない意味で恥や外聞を捨ててるところがあって、時々自分でぞっとします。
『人に見られて』云々よりも酷い状態じゃないか、と。

これ以上恥ずかしい人間にはなれないもん。
気付いたなら、改めねば。
うむ。





☆今日の言の葉☆

どっちにしたって、人は見てると思うけど。
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2006年12月30日

自分は青いが、理想は高い

「自分にがっかりしたくないが、理想は高くなる。」ね。

ホンマにそうやなぁ。
がっかりすんのはイヤやねんけど、頭ん中に描く自分像はどんどん高いトコにいく。
落ち込まんためには、最初から理想描かなきゃいいんだけどね。

だけど、描いちゃうんだなぁ。

でも、そうやって人は進化していくんだろうね。




☆今日の言の葉☆

色々背負い込み、大きくなった。
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2006年12月28日

おのずと、ソコにあるもの。

言葉やメロディーは、気持ちから生まれるのかもしれないが、
じゃあ、一体、気持ちはどこからやってくるのか?

気持ちってね、自分で「ああしよう、こうしよう。」って考えて創り出すモノとは違うでしょ?
なんだか分かんないけど、勝手に湧いてくるモノだと思う。
理屈じゃないんよね。


私はね、他人の心って揺さぶる事は出来ても、動かせないものだと思う。
結局、最終的に自分の心の動きを悟れるのは自分だけだし、
なにより、自分の気持ちを動かす事自体、とても困難な事だから。

もし、もっと簡単に気持ちをコントロールする術を知っていたなら、人間はこんなにも苦悩しなかったんじゃないのかなぁ?

尤も、それが出来てしまう生物だったら、もっと早くに絶滅してた気もしないではないけれど。





☆今日の言の葉☆

突き動かされるから、進む事がある。
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2006年12月27日

すばらしき、お手本。

役付きの人以外には、先輩後輩・公私関係なく見下ろし口調&嫌味付きな職場の先輩。30歳、女性。

レストランで、恋人と思しき男性が席を立った途端にバックをひっくり返してメイク直しを始めた女性。推定25歳。

1.5人分足を広げ、ずり落ちそうな姿勢で座る男性@満員電車。たぶん大学生か専門学校生。

小さい子が近くに居るかもしれないのに、400度の火種をぶんぶん振り回しながら歩く、歩きタバコな偽ダンディー。テレビ放送開始と同い年ぐらい。

自己嫌悪に陥るくせに、こうやって人の事ばかりを書いては、自分を棚上げにするワタクシ。24歳4ヶ月半ぐらい。


みな、すばらしきお手本です。
決してマネをしないよう、日々精進してください。





☆今日の言の葉☆

そうならないよう、生きていく。
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2006年12月26日

それは少しだけ手に重い。

いつもと同じ、帰り道の大型書店。
いつもなら、足を向けないコーナー。

衝撃との出会いと言うのは、そういう所に隠れている事が多いようだ。

見つけようと思って、いつもの本棚を探し回っても、なかなかシックリくるモノとは出会えないのに、
ただ、何を欲するでもなく、眺めるようにブラつく自分的回り道の先に、「待ってたよ」と言わんばかりの顔で並んでいる。


正直、その空間に開放感があるとはお世辞にも言い難い。
身長よりも高くそびえる本棚は、一種脅威とすら思える。

それにも関わらず、本屋や図書館に足を運び続けるのは、
奇妙な引き合いがそこにあるからだ。


惹かれるように、引かれるように。
手に取ったそれは、他の物より少しずっしりとしていて、
印刷を施された紙独特の匂いがする。

奥付を開いてみたら、あ、昨日付けで発行の初版。

こういう事は初めてじゃない。
過去にもあった、そんな出来事を思い起こして。

思わずニヤリとしてしまった。





☆今日の言の葉☆

呼んでるの?呼ばれたの?
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2006年12月17日

夜、夜、夜。

自分の寝つきが悪いのは、半分ぐらい夜が怖いせいだと思う。

夜は考え事がまとまりやすくて好きだし、
本を読むにも勉強をするにも、静かで集中できて良い。
なんだかんだと、余計な情報が入ってこないし、
昼間とは別の意味で感覚が冴えていると思う。

だけど、好きとソレとは別。
好きだけど、怖い。


昼間、一生懸命に虚勢を張っていればいるほど、夜になってからその反動がくる。
今更的に動悸が早くなったり、不安に襲われたり、緊張してきたり。

そんな夜には、悪夢みたいな夢を見ることが多くて、あまり眠りたくない。
眠りたくないのに、音楽を聴くのも怖いし、何かを見つめるのも怖いし、それでいて目を瞑るのも怖いしで、早く朝が来ないかと願ってばかりだ。

朝が近づいて、周りの人達の意識も次第に浮上し始めて、うっすらと空が白んで光を感じる事ができる様になるころ、
はじめて、安心して眠りにつける様な心地になる。

なんだかね…。

面白いぐらいに弱い。






☆今日の言の葉☆

震えが止まらないんだ
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2006年12月16日

愛を失い、愛に還る。

人間の精神が崩壊状態になる時、まずは言葉(表現としてのみではなく、自己の中のソレも含む)を失う事から始まるのだと、
学生の頃に読んだ資料の中で見た。

内々なる言葉を失うと言う事は、つまり思考を止めてしまうと言う事だ。
もしくは、何も思いさえしなくなる、と言うことか。

考えてみると、悲しい事や苦しい事を言葉に出来るのは、いつだって少し時間が経ってからで、
ショック状態では、言葉は出てこない。
いや、言葉はおろか感情すら無いのかもしれない。
頭は理解しない。理解したくない。その現実を。


もし、"言葉"の根源が愛だとするならば、
"言葉"を失い、感情を失った先の世界の身を救う事ができるのも、
"言葉"であり"愛"だ。


私には今、失いたくない人達が居る。
エゴイズムと言われようと、自分が愛しいと感じる瞬間がある。

そこには確かに"愛"があるのでしょう?

だから、平気。





☆今日の言の葉☆

言えない痛みを抱えるだけの強さは残っているから。
posted by ミツキ at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記という名の徒然文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月14日

それじゃあ、誰が?

皆を守る正義の味方がピンチに陥った時、一体誰が助けてくれるんだろう?
悲しみを優しさに変える事の出来る人が悲しい時、一体誰がその悲しみを癒すんだろう?

皆が皆、うまい具合に誰かのクッションになっていればいいけれど、
そうもいかない。
世の中って、物理的にだけじゃなく精神的にも不平等なところがあるから、
多くの人を支えながら、自分は誰に支えてもらって良いか分らない、って人も沢山居るんじゃないかと思う。

自分だって悲しい事とか、苦しい事とかイッパイある筈なのにね。
たとえ“強い”人だったとしても、その“強さ”には上限がある筈なのにね。

自分はいつだって誰かに依存してばかり。
それなのに、その人達の気持ちなんて殆ど考えずに過ごしてしまう。
結局自分勝手だ。


そんな事を考えてしまう夜は、一秒が長くて、
チョットだけ苦しい。





☆今日の言の葉☆

誰かが助けてくれるの?
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2006年12月12日

定義は最後に出来るもの

『きっと、こういう人なんだ』
って、良くも知らない人からイメージ付けをされるのは嫌がるくせに、
自分自身が『自分ってこういう人間』と、レッテルを貼ってる。

なんかチョットおかしい気がするわ。
我ながら。


例えばね、『自分にはこういう面があって、こんな面もあって…』って風に、
自分を分析していく事は大切だと思うんよ。
流されるだけじゃ気付かない事って山ほどあるはずだから。

だけど、その分析の結果を全てだと思い込んで、
自分から『私はこういう人間です』って看板を背負い込む必要は無いと思う。
第一、その分析の結果だって正直怪しいもんだ。結局は自分視点だし。


私にしか分らない『私』が居る。
他人にしか分らない『私』が居る。
そして、私自身も他人も、未だ誰も気付いていない『私』が居る。
そういうの全部ひっくるめて、『私』、でしょ?

現在進行形のデータしか無いんだもん。
『ワタクシ、こういう人間です』なんて決め付けるには時期尚早だ、きっと。





☆今日の言の葉☆

そういうのは、後に語られるもの。
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2006年12月11日

焦り

焦れば焦る程に『どうしよう』でイッパイになるのだけど、
どうしていいかは分らない。

時間はまだまだ沢山あると思うけど、
見える場所にリミットが無いとは限らない。

だから、焦る。
許された時間の量が分らないから、余計に焦る。


そういう感情は、日々の生活の中では忘れて生きているのだけど、
フと気がついた時、過ぎた時の量を思って愕然とする。
「こんなに時間が経ってしまった」、と。


どうしたら、この焦燥感は止められるんだろうか?
私は一体何に焦りを感じているのだろうか?

わからない。





☆今日の言の葉☆

スタートすら見えないよ
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2006年12月10日

もしかしたらね、

時々、さして面識もないのに異常に印象に残る人が居る。

記憶の引き出しやすいところに居たりしない?
いつも同じ時間帯に見かける人、とか。
一度、何かの縁で言葉を交わしただけの名前も知らない人、とか。

考えてみれば、何時も同じ時間帯に同じ様な場所に居る人って、自分の認識してる以上に居るはずなんだよね。
なのに、その中の何人かだけが際立って印象付けられているって不思議じゃない?
とくに目を引く容姿でも、同調性を感じる雰囲気でもないのに、って事の方が多いから余計に不思議だ。

何かの集まりで偶々一緒になって、二・三言言葉を交わしただけなのに、
時々「そんな人も居たな〜」って記憶に登場する人だってそう。
だって、そんな人ホントは沢山居るはずなのに、何で?って思う。
大した話じゃなかったりしたら、尚更ね。


何でだろうね〜。
「何となく知り合いに似てる気がする…」って感じてるとか?
引き合う遺伝子のタイプと近いから?
はたまた、前世で縁があったから?

再三言ってるけど、やっぱり人の縁って面白いよ。
理由が見えそうで見えないから面白い。

アナタと私に今縁があるのはね。
もしかしたら…、ね。
そんな理由かも。





☆今日の言の葉☆

もしかしたらね。
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2006年12月08日

鏡の色

スムルースの公式HPを見ていたら、ベースの小泉さんが日記に、
『何も映していない鏡の色は何色か。』
って書いてらして、凄く考え込んでしまった。

そうなんだよね。
私は鏡の色って銀色っぽいような風に感じてるけど、
でもそれはあくまで銀色のモノ(シワのないアルミホイルとか,開封したばかりの銀色折紙とか)が、
他の色よりも鮮明に像を結ぶ事を経験上知っているからであって、
実際に普段使用している鏡の話ってなると少し違うのかなぁと思ったり。

なんせ、何も映していない鏡を見ることはないからね。
それが『鏡』として機能している以上、私たちに見えるのは『何か』が映った鏡だから。


『それが真実だ』って言われちゃうと、そこまでの話なんだけど。





☆今日の言の葉☆

見えるのに、見えない
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2006年12月07日

ま、ゆっくりお茶でも一杯。

私と言う人間は、放置しておけば何時まででも止まってボケーっとしているタイプの人間なので、
そんな自分にエンジンをかけるべく、ここで書いてる文章も『とりあえず動けー!!』ってモノが多いのだけど。

だけど、やっぱり待つしかない時だってあるよね。
じっとタイミングを計るしかない時だって、沢山ある。


『待つ』事も『止まる』事も全然悪い事じゃないのに、
どうしてだか、あんまり良くないイメージに感じちゃう事ってない?
周りがズンズン動いてたりする時期だと、特に。
なんか『待つ自分』や『止まる自分』が不安にさえなってきたりして。
他人と自分のタイミングは同じじゃないって分ってるのにね。


待つしかできない時、止まるしかできない時。
それは、何も得ることの出来ない時間じゃない。
動いている時には手に入らないものを得る、千載一遇のチャンスだ。





☆今日の言の葉☆

ゆっくり待つか。
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2006年12月04日

その時、歴史が動いちゃった。

いつも思うことだけど、世の中って巧く出来てるよね、ホント。

あまり意味がないと思っていたことでも、後々すごい重大な意味を持ってみたり、
偶然に思えるような出会いが、その後の自分自身にズドンな影響を与えてみたり。

「なにそれ?誰かが計算でもしてんの?」
って疑いたくなるぐらい、本当に良くも悪くも巧く出来てると思う。
中でも、タイミングに関しては殊更だ。


時々ね、「もっと早く○○に出会っていたら…」って思うことない?

「子どもの頃にアノ本に出会っていたら、考え方は変わっていたかもしれない。」とか、
「もっと早くに○○さんと出会っていたら、私はあんな事しなかったのに。」
とか。
そんなの。

IFにしか過ぎないんだけど、でも『どうなってたかなぁ〜?』って。

実際どうなってたか?なんて分りっこないんだけどさ。
でも多分、自分で思ってる程影響なんて受けなかったかもしれない、ってそんな気がする。


その出会いに意味があったのは、きっと『その時』だったからで、
そして、『その時』だったからこそ、その出会いがあったんだとも思うから。
きっと、別のタイミングでそれに出会っていたとしても、あんまり意味は見出せなかったんじゃないのかな、って。


もし、全ての出会いにちゃんと意味があるのなら、
それと同じ様に、全てのタイミングにも意味がある筈だ。

誰が計算してるのかは知らないが。
この一秒の間にも、きっと理由が存在している。





☆今日の言の葉☆

誰かの時とリンクしながらね。
posted by ミツキ at 01:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記という名の徒然文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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